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2015年12月16日水曜日

星のかけらを探しに行こう Again

昨日、話題のふたご座流星群について書こうと思っていたら、途中で見事机に突っ伏して寝てしまっていた。
空いっぱいの流星群・・・みたいなのを期待していたのだけど、一瞬で空がたくさんの流れ星で埋め尽くされるなんてことがあるわけもなく(あったらむしろ怖いけれど)。


実際撮ったらこんな感じに。
赤枠の中のちょっとした傷みたいなのが流れ星。
今回はかなり広めに撮っているのだけれども、さすがにこれをピンポイントで切り取るのは至難の業。

試しにタイミングをずらして撮ったカット(約1時間分)を比較明合成すると↓


あたりまえだけど、流れ星以上に普通の星たちがうるさい。
流れ星なんて一切お構いなく、空がお祭りな感じになってしまった。
流れ星を写真で表現するのはなかなか難しい。
次はだいぶ先になるけれど、これはリベンジせねばなるまい。

2015年4月16日木曜日

東北に受け継がれる祈り

ご縁があって、大館市 曲田にある北鹿ハリストス正教会へ作品制作も兼ねた取材へ伺いました。
先日、NHKのEテレで放送された「日曜美術館」の山下りん特集でも取り上げられていたのでご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、ロシア正教会の木造建築物で、現存する教会としては日本最古のものだそうです。



ロシア正教独自の十字架。


長閑な山間の集落の中にたたずむ、小さなドーム型の教会。
その姿は教会としての厳かさよりも、ユニークな作りの集会所といった風情が漂います。
それがかえって、地元の人々に長らく愛されてきたことを物語っているようでした。


文語体で書かれた聖書。いまでも司式の際には使用されるらしい。


教会の中では、山下りんの描いたイコンが並んでいました。
外から見た長閑さとは対照的に、教会の中は厳かな空気に包まれています。
決して広い教会ではないのですが、実際の広さよりも大きく感させる空気がありました。

東北には各地にロシア正教の教会が多く見受けられます。
それは、東北諸藩が戊辰戦争に敗れ、賊軍の汚名を着せられたことと強く結びついているそうです。
賊軍として過酷な運命に巻き込まれた人々にとって、ロシア正教は再生のための希望だったのでしょう。

もう少し、このあたりのことを深く掘り下げてみようと思いました。
時間をかけて、東北各地の信仰を巡る旅をはじめます。
ゆっくりなペースにはなるかもしれませんが、ちょっとずつ写真に収めていきます。

2015年4月3日金曜日

写真を残すことについての切実な欲求

開業届けを提出し、正式に独立しました。
まわりのみなさんの助けもあって、新聞に取り上げてもらったりと、とても恵まれたスタートを切ることができたなとしみじみ。

新聞での反響に予期せぬものが幾つかあって、写真の本質に気づかされたようでハッとしました。

生前遺影や家族写真についてのご依頼が、不思議と多いのです。
正直なところ、当初はそういった需要が決して多くはないだろうと考えていたのですが、そういう機会に写真を撮りたいという方は多いようです。
人が写真を残したいと思うのは、生まれてくるときと、自らの締めくくりを意識したとき。
自分が生きているということと深く結びついているんだなぁと、思わず考えさせられました。

シャッターを切ることは、すなわちその人の生きた証を残すことなのだと。
一枚一枚、人生を掬い取るようにしてシャッターを切っていけるようになろうと、自らに言い聞かせました。

どうぞみなさん、これからもどうぞよろしくお願いします。

コンドウダイスケ



2015年3月6日金曜日

再開

独立にあたり、ブログを再開することにした。
振り返ってみれば、以前にブログを書いたのが2011年2月。(旧ブログ)
その数日後に東日本大震災が起こって、そのことについて書こう書こうと思ううちに、書けないまま時が過ぎていった。
いま考えると、あの時期は自分なりにあの災害や、写真とのかかわりなどいろんなこととの整理をしようとしていたのかも知れない。
気づけばあれ以来、言葉をつむぐのは専らTwitterやFacebookに移っていった。
もちろん、どちらもそれぞれメリットはあるのだけども、長い文章を使ってじっくり向き合う作業というのを、2011.3.11以来やっていない。
あれからまもなく4年が経とうとしている。
4年の間にいろんな物事が通り過ぎていって、自分を含め、いろんなものが変わっていった。
今度こそは、それらをしっかり残していこうと思う。

写真は寒風山登山道から見た山頂の景色。
いつからか、壁にぶつかったときは男鹿へ行って無心で写真を撮ることが、自分自身の気持ちを切り替えるスイッチになっていた。